01 / 読書ガイド
読書ガイド
引用
Shook, B., Braff, L., Nelson, K., & Aguilera, K. (Eds.). (2023). Explorations: An Open Invitation to Biological Anthropology (2nd ed.). American Anthropological Association. Free official edition: https://explorations.americananthro.org/
章の要約
本書は17の章と4つの付録からなり、各章は異なる専門家または執筆チームが書き、4人の編者がまとめている。序文によれば構成は次のとおりである。第1〜4章で土台(学問分野、進化思想、遺伝学、進化の諸力)を築き、第5〜8章で現生霊長類、化石記録、霊長類の進化を扱い、第9〜12章でヒト族を現生人類(ホモ・サピエンス)までたどり、第13〜17章でヒトの変異、法人類学、健康、遺伝をめぐる政治を取り上げる。各章は学習目標で始まり、復習問題と重要用語の一覧で終わる。
第1〜2章:Introduction to Biological Anthropology(生物人類学入門);A History of Evolutionary Thought(進化思想の歴史)
第1章は、生物人類学を人類学の下位分野(文化人類学、言語人類学、応用人類学、考古学、生物人類学)のなかに位置づけ、全体論、比較、動態性、フィールドワークという人類学的アプローチを示したうえで、生物人類学側の下位分野、すなわち霊長類学、古人類学、分子人類学、生物考古学、法人類学、人間生物学を概観する。続いて科学的方法、仮説・理論・法則の違い、知り方としての科学と信仰の違いを説明する。第2章はこの版で新設された章で、古代・中世の思想家から西ヨーロッパの伝統を経てダーウィンとウォレスに至る進化の考え方をたどり、ダーウィンに欠けていたもの(メンデルが与えた遺伝の説明)と現代的総合を扱う。よくある誤解、世界各地での進化の教え方、人類はいまも進化しているのかという問いも取り上げる。
第3〜4章:Molecular Biology and Genetics(分子生物学と遺伝学);Forces of Evolution(進化の諸力)
第3章は後の章が前提とする生物学を組み立てる。細胞と分子、DNAの構造、複製と細胞分裂、タンパク質合成、メンデル遺伝(ABO式血液型が例題)、多遺伝子形質、ゲノミクス、エピジェネティクス、遺伝子検査である。第4章は遺伝子を集団の変化へと結びつける。突然変異、遺伝的浮動、遺伝子流動、自然選択、ハーディー・ワインベルク平衡、種分化、ミクロ進化からマクロ進化へのつながりを扱う。特集には神経線維腫症、鎌状赤血球貧血、ハーディー・ワインベルク頻度の計算がある。
第5〜6章:Meet the Living Primates(現生霊長類に会う);Primate Ecology and Behavior(霊長類の生態と行動)
第5章は、霊長類をどう分類するか(グレードとクレード)、この目を特徴づける形質は何か、そしてキツネザルやロリスから、メガネザル、新世界ザル、旧世界ザル、類人猿、ヒトに至る主要な群を説明する。第6章は、食性、群集生態、群れでの生活、繁殖戦略、コミュニケーション、さらにチンパンジーやマカクの文化的伝統の証拠へと進む。特集では、霊長類学における女性と、霊長類学の脱植民地化が取り上げられる。
第7〜8章:Stones and Bones: Studying the Fossil Record(石と骨:化石記録を調べる);Primate Evolution(霊長類の進化)
第7章は、化石のでき方(タフォノミー、化石の種類)、相対年代測定と絶対(クロノメトリック)年代測定、環境復元を扱う。第8章はこれらの道具を使って霊長類をたどる。起源についての競合する仮説(樹上生活説、視覚捕食説、被子植物との共進化説)から、プレシアダピス類、最初の真の霊長類、真猿類を経て、中新世の類人猿に至る。
第9〜10章:Early Hominins(初期のヒト族);Early Members of the Genus Homo(ホモ属の初期メンバー)
第9章はヒト族を定義し、その進化を古環境に関する仮説、二足歩行、歯列、最古の石器と結びつけたうえで、サヘラントロプス、オロリン、アルディピテクス、アウストラロピテクス、パラントロプスを順に見る。第10章はホモ属を定義し、更新世の気候変動を論じ、ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスを、その解剖学的特徴、道具、食性、火、アフリカからの拡散を含めて扱う。
第11〜12章:Archaic Homo(古型ホモ);Modern Homo sapiens(現生のホモ・サピエンス)
第11章は「穴居人」というステレオタイプを退けたうえで、古型ホモ・サピエンス、ネアンデルタール人の解剖学・文化・消滅、デニソワ人、そして謎の多いホモ・ナレディとホモ・フロレシエンシスを説明する。第12章は現代性を骨格と行動の両面から定義し、わたしたちの種がアフリカ全域からオーストラリア、ヨーロッパ、アメリカ大陸へ広がる過程をたどり、続いて農耕の起源と帰結を検討する。
第13〜14章:Race and Human Variation(人種とヒトの変異);Human Variation: An Adaptive Significance Approach(ヒトの変異:適応的意義からのアプローチ)
第13章は「人種」概念の歴史を振り返り、現代のデータ(形質の不一致、連続的な地理的変異、集団間よりも集団内の変異のほうが大きいこと)がその概念を支持しない理由を示す。第14章は、ストレスへの対処における順応(アジャストメント)と適応(アダプテーション)を区別し、皮膚の色、高地住民、鎌状赤血球形質などを例に挙げる。
第15〜17章:Forensic Anthropology(法人類学);Contemporary Topics: Human Biology and Health(現代の話題:人間生物学と健康);Social and Biopolitical Dimensions of Evolutionary Thinking(進化的思考の社会的・生政治的側面)
第15章は、骨格分析の問い(骨か、ヒトか、何体か、生物学的プロフィール、外傷、タフォノミー)と、人骨を扱う倫理を説明する。内容に関する警告が付されている。第16章は進化の視点を健康に適用し、農耕以前の食事と病気、疫学的転換、肥満、心血管疾患、がん、ストレス、COVID-19をめぐるシンデミックの枠組みを扱う。第17章は、進化が複数の水準で起こると論じ、遺伝をめぐる生政治を検討し、適応主義を批判する。
付録A〜D
付録は、骨学、霊長類の保全、人間行動生態学、古代DNAを扱う。
主要概念
第1〜4章:基礎
- 全体論と比較:人間をあらゆる側面から、また集団や種を比べることで研究するという人類学の姿勢。
- 現代的総合:メンデル遺伝学とダーウィンの自然選択を統合して一つの理論にしたもの。
- 進化の諸力:対立遺伝子頻度を変化させる過程としての、突然変異、遺伝的浮動、遺伝子流動、自然選択。
- ハーディー・ワインベルク平衡:進化の諸力が働かないとき、集団で期待される遺伝子型頻度。
第5〜8章:霊長類と化石記録
- グレードとクレード:分類群を、組織化の水準の共有によってまとめるか、共通の祖先によってまとめるかという二つの方法。
- 派生形質と祖先形質:霊長類、のちにはヒト族を分類するために用いられる区別。
- 絶対年代と相対年代:数値の年代を与える方法と、発見物を時間のなかで順序づけるだけの方法。
- タフォノミー:生物が死んでから発見されるまでに起こることを調べる研究。
第9〜12章:ヒト族の進化
- 二足歩行:二本足で歩くことに伴う解剖学的変化で、初期ヒト族の鍵となる適応として扱われる。
- 古環境に関する仮説:ヒト族の変化についてのサバンナ仮説、ターンオーバー・パルス仮説、変異選択仮説。
- 古型ホモ・サピエンス:初期ホモと現生人類のあいだにあたる中期更新世の諸集団で、ネアンデルタール人とデニソワ人を含む。
- 行動的現代性:骨格形質とあわせて、現生ホモ・サピエンスを定義するのに使われる行動上の特徴。
第13〜17章:変異、健康、社会
- 連続的変異(クライン):形質が地理的に徐々に変化することで、離散的な人種区分を成り立たせなくする。
- 順応と適応:非遺伝的な対処と、ストレスに対する遺伝的基盤をもつ変化。
- 生物学的プロフィール:法医学の場で、骨格から年齢、性別、祖先、身長を推定したもの。
- シンデミックとミスマッチ:相互に作用する複数の健康危機と、進化した生物学的特性と現代の生活様式とのずれ。
- 遺伝の生政治:遺伝子や祖先についての考えの社会的・政治的な利用。
批判的分析
長所
- 専門家による執筆と統一された形式。 各章は、霊長類学者から法人類学者まで、その分野の研究者や教員が書いているが、学習目標、特集、「深く掘り下げる」コラム、復習問題、重要用語という共通の構成のおかげで、全体が一冊の本として読める。
- 明確な教育設計。 序文によれば、各章は8,000〜10,000語に短縮され、教員向けガイドは章の並べ替え、省略、改変の方法を示している。編者はまた、学生査読者の意見とアクセシビリティの審査についても述べている。
- 人種に正面から取り組んでいる。 一章を丸ごと使って人種概念の歴史とヒトの変異に関する遺伝学的証拠を検討し、さらに遺伝をめぐる生政治と適応主義の限界を扱う章が、単純な遺伝子による説明を疑うよう学生に促す。
- 応用と文脈。 法人類学、健康と病気、霊長類の保全、人骨を扱う倫理が、余談ではなく章や付録として置かれている。
- 無料で改変できる。 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示・非営利)により再利用と改変が認められ、オンラインで読むことも、ダウンロードすることも、印刷版を注文することもできる。
短所
- 文体と深さにばらつきがある。 章ごとに執筆者が違うため、詳しさに差があり、個人的な逸話で始まる章とそうでない章がある。
- 章どうしが依存している。 後ろの章は第2〜4章を参照しているため、短期間の授業で一部の章を選ぶには計画が必要である。
- 生物学以外の範囲は狭い。 序文が指摘するように、考古学と生物考古学の多くは他の公開教材に任されており、第15章の法医学的方法は米国に固有のものとして説明されている。
- 種ごとの詳細は表に委ねられている。 ヒト族の章は、標本レベルの事実を「Hominin Species Summaries(ヒト族の種のまとめ)」に頼っている。遺跡ごとの議論を求める読者には、Klein の本のような参考書が必要になる。
コースにおける位置づけ
このコース一覧のなかで、Explorations は、Stanford、Allen、Antón の Biological Anthropology や Larsen の Our Origins といった市販の入門教科書に代わる無料の選択肢である。いずれも、進化のメカニズムから霊長類、ヒト族、ヒトの変異へと進むほぼ同じ順序をたどるので、費用、文体、実習マニュアルのような付属物の有無で選ぶとよい(Explorations には別冊のラボ・アクティビティ・マニュアルがある)。
Bernard Wood の Human Evolution: A Very Short Introduction は化石証拠を簡潔にまとめたもので、第9〜12章の手早い補助になる。さらに深く学ぶには、ヒトの系統を一般的な進化・生態理論の一例として扱い、入門コースを修了していることを前提とする Lewin と Foley の Principles of Human Evolution や、化石・考古学記録を詳しい文献付きで概観した大著である Klein の The Human Career があり、後者は Explorations のあとで参照する本として使える。
本書の使い方
本書は、生物人類学入門コースの1〜2年生に向く。生物学の予備知識は前提とされず、第3章と第4章が遺伝学を基礎から教える。
実践的な読み方は次のとおりである。
- 中核: まず第1〜4章、続いて第5、7、9、10、11、12章を順に読む。これで進化の枠組みとヒト族の主な物語がつかめる。
- 必要に応じて追加: 霊長類の行動と起源には第6章と第8章。ヒトの変異を扱う第13章は単独でも読めるので、第12章の前後どちらでもよい。適応、法人類学、健康、遺伝観念の歴史には第14〜17章。
- 付録: 付録Aは第15章の前に読む骨学の参考資料として役に立つ。付録Dは第11〜12章を補う。
各章の前に学習目標を読み、後で復習問題に答え、重要用語の一覧を復習に使うとよい。遺伝学の第3〜4章と、種の記述が多い第9〜11章には余分に時間を見ておく。短い道筋を望む読者は、第1〜4章と Wood の短い本を組み合わせるとよい。
版と出典
本ガイドが扱うのは、アメリカ人類学会が2023年7月に、クリエイティブ・コモンズ表示-非営利4.0ライセンスで刊行した第2版であり、https://explorations.americananthro.org/ の無料電子書籍が公式版である。ガイドは無料の公式版に基づいており、序文と教員向けガイド、全17章と4つの付録の学習目標、節の見出し、特集、復習問題、重要用語の一覧、各章の冒頭と結びの部分を参照している。
