01 / 読書ガイド
読書ガイド
引用
Marx, L. (2000). The Machine in the Garden: Technology and the Pastoral Ideal in America (35th anniversary ed.). Oxford University Press.
章の要約
1964年に初版が出た本書は、2000年の記念版で約414ページあり、執筆過程についての著者によるあとがきが加わっている。本文は五つの章とエピローグから成り、そのあとにあとがき、注、謝辞、索引が続く。
背景と論旨
マークスは、十九世紀アメリカの文章にくり返し現れるイメージ、すなわち機関車の汽笛がウォールデン池の静けさを破るように、機械が牧歌的な情景へ突然入り込むさまを追う。彼はこのイメージを、二つの理想の緊張の徴候として読む。一つは農村の風景の中の素朴な暮らしを望む牧歌的理想、もう一つは生産性、富、権力を追求する進歩の理想である。関心は土地の物理的な変容よりも「心の風景」にあり、感傷的な大衆的牧歌趣味と違って、真剣な文学はこの矛盾に正面から向き合うと論じる。
第1章:スリーピー・ホロウ(Sleepy Hollow)
冒頭の章は、静かな田園への闖入という中心的なイメージと、それに力を与える牧歌の観念を導入する。以後の議論の枠組みを定める章である。
第2章:シェイクスピアのアメリカ寓話(Shakespeare's American Fable)
マークスは『テンペスト』をアメリカ牧歌の序曲として扱う。劇の島とプロスペロー、キャリバンらの人物は、のちのアメリカの作家たちが作り変え続けた、洗練された秩序と自然界との出会いの初期の形として働く。
第3章:庭(The Garden)
この章は庭の理想の初期アメリカ的な形、ロバート・ビヴァリーやトマス・ジェファソンなどを取り上げ、荒野と都市のあいだの「中間の風景」という考え方に向かう。
第4〜5章:機械、二つの力の王国(The Machine; Two Kingdoms of Force)
これらの章は、産業技術(鉄道、工場、蒸気力)の到来を牧歌的理想と対置し、同時代の主要な作家たちを読む。エマソンとソロー、ホーソーン、メルヴィル、マーク・トウェインが中心であり、『ハックルベリー・フィンの冒険』では、いかだが庭で、蒸気船がそれを壊す機械である。
エピローグ:灰の庭(Epilogue: The Garden of Ashes)
最後の部分は議論を二十世紀へ延ばし、『グレート・ギャツビー』を結びの例とする。マークスは、論じた作家たちが状況を明らかにしたものの、それを解決する新しい象徴は与えなかったと結論づけ、解決は文学ではなく政治に求めている。
あとがき(Afterword)
2000年版には、本書を書いた過程についての著者の記述が加わった。
主要概念
議論全体
- 庭の中の機械:技術が牧歌的風景に闖入するというくり返し現れるイメージで、文化的緊張を読む鍵として用いられる。
- 牧歌的理想:自然に近い素朴で調和した暮らしへの憧れ。マークスはその文学的形態をたどってアメリカの文章へ至る。
- 進歩の理想:経済と技術の前進へのコミットメント。牧歌的願望はこれと衝突する。
- 中間の風景:荒野と都市のあいだに想像された定住の空間で、アメリカの庭のイメージと結びつく。
- 感傷的な牧歌と真剣な牧歌:大衆的で内省のない田園へのノスタルジーと、矛盾を露わにする文学作品との違い。
批判的分析
長所
- **一つの導きのイメージ。**書名に掲げられた句が明確な軸をもたらし、異なる作家を論じる五つの章が一つの議論として読める。
- **文化的な問いをもつ精読。**マークスは正典的な文学テクストを用いて、アメリカ人が技術をどう理解したかを問う。出版社によれば本書は、アメリカ研究という学問分野を「ほぼ創始した」ものであり、環境・技術をめぐる議論の参照点にもなっている。
- **持続する関心。**35周年記念版には著者のあとがきが加わり、その後、本書は回顧的な論考(ジェフリー・メイクル『テクノロジーとカルチャー』2003年、デイヴィッド・ロビンソン『Reviews in American History』2013年)や論集 Rereading the Machine in the Garden(2014年)の主題となった。
短所
- **文化論を文学的証拠で支える。**マークスは風景変化の歴史記録ではなく、少数の主要作家を通して内面の風景を見るので、社会史や経済史を求める読者はほかの本が必要になる。
- **議論のある方法。**ブライアントによる『American Studies』(1975年)でのマークスの方法の検討や、デッカーによる『New Literary History』(1992年)でのアメリカ研究批判は、この象徴中心の方法が疑問視されてきたことを示している。
- **作家の範囲が狭い。**中心の章は十九世紀の白人男性作家に集中し、二十世紀の主な例はフィッツジェラルドなので、コースの後半の作家には及ばない。
- **解決を示さない。**マークス自身の結論では、文学は問題を明らかにするが解決策を与えない。建設的な方針を求める読者には物足りないかもしれない。
コースにおける位置づけ
アメリカ文学のコースの中で、本書は通史と、本書が論じる一次テクストを読んだあとに取り組む上級の解釈研究である。リチャード・グレイの A Brief History of American Literature とマリオ・クラーラーの A Short Literary History of the United States が時代の枠組みを与え、The Norton Anthology of American Literature はエマソン、ソロー、ホーソーン、トウェインらの短い作品を読むのに便利である。リストにあるノートン・クリティカル版メルヴィル Moby-Dick は、マークスが論じる長編のうち、コースが全文を提供する唯一の作品である。
トニ・モリスンの Beloved とリチャード・ライトの Black Boy は二十世紀の作品で、マークスの議論が扱わない黒人アメリカ人の経験に根ざしており、有益な対照を与える。マークスのあとにこれらを読むと、牧歌の伝統が描くのは誰の風景、誰の機械なのかという問いが浮かぶ。
本書の使い方
本書は、アメリカ文学、アメリカ研究、技術史、環境人文学の上級の学部生や大学院生に向く。先に通史の授業と十九世紀の作品をいくつか読んでおきたい。
最初は、論題とその帰結を合わせて述べる冒頭の章とエピローグを読むとよい。次に、機械と「二つの力の王国」を扱う章を、一次テクスト、すなわち『ウォールデン』の該当箇所、『ハックルベリー・フィンの冒険』の数章、『白鯨』の抜粋と照らしながら読む。『テンペスト』の章と庭の章は、植民地期や建国初期の文章を研究する読者に最も有用で、ほかの読者は後回しにしてよい。あとがきは、著者自身による執筆過程の説明である。各作家が機械が風景に入り込む場面を描く箇所の短いリストを作り、それらを比較するとよい。
