01 / 読書ガイド
読書ガイド
引用
Anthony, M., & Harvey, M. (2012). Linear Algebra: Concepts and Methods. Cambridge University Press.
章の要約
本書は大学1年次の線形代数の授業に対応する教科書で、専攻を問わない学生を読者に想定し、後半にはやや進んだ内容も加えている。各章は同じ構成をとる。本文の途中に、立ち止まって考えを確かめさせる短い「アクティビティ」が挟まれ、章末には学習到達目標、アクティビティへのコメント、解答つきの演習問題、解答なしの発展問題が置かれる。第1章の前には短い復習の章がある。
予備知識:始める前に
集合と集合の記法、数、数学の用語、基本的な代数、三角法、簡単な論理を短く復習する。大半は既習だと著者は想定しており、なじみのない項目は基礎的な数学の本で調べるよう勧めている。
第1章:行列とベクトル
最初に行列を扱う。加法、スカラー倍、積、行列の代数、逆行列、冪、転置行列と対称行列である。続いてRⁿのベクトルに進み、幾何学的な直観を養う節を置いたうえで、直線、R³の平面、Rⁿの直線と超平面を扱う。
第2章:連立一次方程式
連立一次方程式を行基本変形とガウスの消去法で解く。章の終わりは同次連立方程式と零空間である。
第3章:逆行列と行列式
逆行列をまず行基本変形で、のちに余因子で求める。その間に行列式とその性質が入る。最後の節ではこれらの道具をレオンチェフの投入産出分析に応用する。
第4章:階数、値域と一次方程式
行列の階数を連立一次方程式の可解性と結びつけ、値域を導入する。
第5章:ベクトル空間
行列とRⁿの議論で動機づけたうえで、ベクトル空間、部分空間、一次の張る空間という抽象的な枠組みがここで登場する。
第6章:一次独立、基底と次元
一次独立、基底、座標、次元を展開し、最後にRⁿにおける基底と次元を扱う。
第7章:線形変換と基底の変換
線形変換、その値域と零空間、座標変換、基底の変換と相似を扱い、抽象的な理論を再び行列に結びつける。
第8章:対角化
固有値と固有ベクトルから出発して、正方行列の対角化と、対角化が可能になる条件へと進む。
第9章:対角化の応用
対角化を、行列の冪、差分方程式系、線形微分方程式系に用いる。
第10章:内積と直交性
内積、直交性、直交行列、グラム・シュミットの正規直交化法を扱う。
第11章:直交対角化とその応用
対称行列を直交対角化し、続いて長い節で二次形式を扱う。
第12章:直和と射影
二つの部分空間の直和、直交補空間、射影と直交射影、行列の値域への射影、部分空間までの距離の最小化、最小二乗法によるデータへの関数のあてはめを扱う。
第13章:複素行列と複素ベクトル空間
複素数、複素ベクトル空間と複素行列、複素内積空間、エルミート共役、ユニタリ対角化と正規行列、スペクトル分解を扱う。
主要概念
第1~4章:行列、方程式、階数
- ガウスの消去法:連立方程式を行基本変形で簡約し、解を読み取る方法。
- 零空間と値域:Ax = 0 の解の集合と、ベクトル Ax の集合。両者によって、方程式が解をもつかどうか、解がいくつあるかが説明される。
- 行列式と余因子:正方行列に対応する数で、可逆性の判定と逆行列の計算に使われる。
第5~7章:ベクトル空間と線形写像
- 基底と次元:一次独立な生成系を基底といい、その大きさが空間の次元である。
- 基底の変換と相似:基底を取り替えたとき、線形変換の行列がどう変わるか。
第8~9章:固有値と対角化
- 固有値と固有ベクトル:行列によって向きが変わらないベクトルと、その伸縮率。
- 対角化:固有ベクトルの基底で行列を対角行列として表すこと。行列の冪や線形の差分・微分方程式系が扱いやすくなる。
第10~13章:直交性と複素空間
- グラム・シュミットの方法:基底を正規直交基底に変える手順。
- 二次形式:変数についての二次の式で、直交対角化によって構造が明らかになる。
- 直交射影と最小二乗法:部分空間の中で最も近いベクトルを求め、データへの関数のあてはめに使う。
- スペクトル分解:正規行列を固有値と固有ベクトルで表すこと。
批判的分析
長所
- 理解を優先すると明言している。 序文は、線形代数を計算できるだけでなく理解させることが目的であり、手法がなぜ成り立つのかを知ってもらいたいと述べる。章の構成もそれに沿っており、読書中の問いかけ、学習到達目標、各章の要点の復習が用意されている。zbMATHの評者ピョートル・P・ザブレイコは、明快で初学者にも読みやすく、内容のバランスがよいと評している。
- 独習を助ける仕組みがある。 各章にアクティビティへのコメントがあり、演習問題には答えだけでなく完全な解答が巻末(約80ページ)にある。序文は、解答を見る前にまず真剣に取り組むよう助言している。出版社も、授業用にも独習用にも向くと説明している。
- 第二の課程にも届く幅がある。 1年次の標準的な内容に加え、二次形式、最小二乗法によるあてはめ、ユニタリ対角化、スペクトル分解を含む。序文は、通常の1年次の授業より進んだ内容があると述べている。
- 数学専攻でない読者を念頭に書かれている。 著者はロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで教えており、経済学、経営学、金融、社会科学の通信教育課程向けの自習教材をもとに本書の一部を書いた。
短所
- 抽象化の前に行列がある。 抽象的なベクトル空間が現れるのは第5章で、行列とRⁿの議論が約150ページ続いたあとである。最初からベクトル空間と線形写像を軸にした構成を望む読者には、別の本のほうが合う。
- 概念と方法の釣り合いを重視しており、証明中心ではない。 序文は文体を開かれた、ときに会話的なものと述べ、「ほんの少しの抽象」を加えると表現する。証明を重視する代数の課程に進む学生には、より抽象的な本での復習が必要になるかもしれない。
- 目次に挙がっていない話題。 目次には特異値分解、ジョルダン標準形、数値計算法がないため、これらを学ぶ本としては使えない。
- 解答のない発展問題。 章末の発展問題には本書中に解答がなく、序文によれば教員は本書のウェブページから入手できる。
- 応用の範囲。 目次に現れる応用は、レオンチェフの投入産出分析、差分方程式と微分方程式、二次形式、最小二乗法であり、多くの分野に広がるわけではない。
コースにおける位置づけ
本書は、速さより説明に重きを置いた完結した入門課程である。ギルバート・ストラングの Introduction to Linear Algebra は、行列と四つの基本部分空間を軸にデータや計算への応用を示し、アンソニーとハーヴェイが扱わない特異値分解で締めくくる。ジム・ヘファロンの Linear Algebra は、結果を証明しながら数学的成熟を無理なく育てる無料の入門書で、詳しい解答もついている。ハワード・アントンの Elementary Linear Algebra は、応用を含む学部1年次向けのもう一つの教科書である。これらのうち、読者層ではヘファロンに、抽象空間より行列を先に扱う点ではストラングに最も近い。
シェルドン・アクスラーの Linear Algebra Done Right はベクトル空間と線形写像から始め、行列式を後回しにする証明中心の本で、本書の内容に慣れたあとの二巡目として力を発揮する。ホーンとジョンソンの Matrix Analysis は行列論の大学院向け参考書で、本書から大きく先へ進んだ内容であり、本書はその準備にもなる。
本書の使い方
本書は、数学専攻の1年次と、線形代数を使う分野(経済学、経営学、金融、社会科学、自然科学)の学生、および独学者に向く。高校程度の代数と三角法を前提とし、それ以外に必要なことは予備知識の章が補う。
1学期の入門課程では、第1~8章を順に読み、続いて第10章に進む。3.5節(レオンチェフ分析)と第9章は応用として省略できる。次の学期では第9章と第11~13章を扱える。第12章の最小二乗法の節は第10章と組み合わせやすく、第13章は実数の理論が固まってから読むのが望ましい。
紙と鉛筆を手に読む。アクティビティは出てきたところで解き、章末のコメントと照合し、学習到達目標をチェックリストとして使う。巻末の解答を見る前に演習問題に取り組み、発展問題は試験対策として活用する。第5~7章の抽象的な内容が唐突に感じられたら、第1~4章の行列の例に戻り、アクスラーやヘファロンのような証明を重視する本を並行して参照するとよい。
