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The Curriculum: Theory and Practice(カリキュラム:理論と実践) cover

教育学

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The Curriculum: Theory and Practice(カリキュラム:理論と実践)

A. V. Kelly

英語原題: The Curriculum: Theory and Practice

カリキュラムは何のためにあり、その内容を誰が決めるべきかを問う、長く読み継がれてきたイギリスのカリキュラム研究入門。Kellyは内容、目標、発達的過程のそれぞれを軸に構成されたカリキュラムを対比し、民主社会にふさわしい教育を論じ、評価、アセスメント、政治的統制が学校で教えられる内容をどう方向づけるかを検討する。

前提知識: 不要。教育学や教員養成を学び始める学生に向けて書かれている。

難易度レベル
初級
学術レベル
学部
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01 / 読書ガイド

読書ガイド

引用

Kelly, A. V. (2009). The Curriculum: Theory and Practice (6th ed.). SAGE Publications.

章の要約

第6版(約336ページ)は、1977年に初版が出て1982年、1989年、その後にも改訂されてきた本の続編である。序文によれば、本書はこれまでの版と同じく五つのことをめざす。真に教育的なカリキュラムの要素を明らかにすること。そうしたカリキュラムが1960年代と1970年代にイングランドとウェールズ、合衆国などで生まれつつあったことを示すこと。イングランドとウェールズにおけるカリキュラムの政治的統制がその発展を止めたことを示すこと。強権的な中央統制の欠陥を、他国の政府への警告として示すこと。そして、公的なアカウンタビリティの要求を満たしつつ民主的社会にふさわしい教育を提供する制度を提案することである。全10章はこの計画に沿って、理論(第1〜4章)から開発と評価(第5〜6章)、政治化への持続的な批判(第7〜9章)、そして提案(第10章)へと進む。

序論

序論は本書の歴史を版ごとにたどる。教師に自らの仕事の理論的基盤を築くよう説得することで理論と実践の架け橋になろうとした1977年の楽観から、1988年教育法、ナショナル・カリキュラム、Ofsted による査察に至るまでである。そして改訂の二つの中心的課題を述べる。政治化が本来の意味での教育にとって何を意味したかを明らかにすること、そして政治化が抑え込んだカリキュラムをめぐる議論を再び開くことである。Kelly は多くの読者が他国で働いていることに触れ、イングランドの経験を避けるべきものの例として示す。

第1〜2章:カリキュラムとカリキュラム研究;知識とカリキュラム(The Curriculum and the Study of the Curriculum; Knowledge and the Curriculum)

冒頭の2章は、カリキュラムとカリキュラム研究が何を意味するかを示し、続いてカリキュラムにおける知識の位置を検討する。

第3〜4章:内容と成果としてのカリキュラム;過程と発達としてのカリキュラム(Curriculum as Content and Product; Curriculum as Process and Development)

理論の中核となる2章で、カリキュラム計画のモデルを比較する。内容や目標・成果によって定義されるカリキュラムと、発達の過程として構想されるカリキュラムである。第5章は、それ以前の章が適切な理論モデルの選択を論じ、内容の選択や目標に置かれる重点に疑問を投げかけていることを確認している。

第5章:カリキュラムの開発、変化、統制(Curriculum Development, Change and Control)

教師は自分の仕事を自ら研究する必要があるという Stenhouse の言葉で始まる。1960〜70年代の全国的なプロジェクト、とくにスクールズ・カウンシル(目標による計画、普及とその問題)から学ばれたこと、Schön と Havelock による普及のモデル、理論と実践の乖離、学校のミクロポリティクス、学校を基盤とするカリキュラム開発、フォード・ティーチング・プロジェクトのようなアクション・リサーチ、外部機関による支援を概観する。結論は、教師の役割が中心にあり、教師の成長なしにカリキュラム開発はありえないということである。最後の節では、これを中央統制、テスト、Ofsted の査察による変化と対比し、幼児教育への影響も取り上げる。

第6章:アセスメント、評価、教員評価、アカウンタビリティ(Assessment, Evaluation, Appraisal and Accountability)

学習、プログラム、教師が判断される関連の仕組みを検討する。序文は、これらをいかなる計画を実施する前にも十分に考え抜くべきカリキュラムの側面として挙げている。

第7〜9章:学校カリキュラムの政治化;平均的な政治家が教育について知っていること;政治家による中央計画に固有の欠陥(The Politicization of the School Curriculum; What the Average Politician Knows about Education; The Flaws Endemic to Central Planning by Politicians)

本書の批判を展開する3章。イングランドのカリキュラムがどのように政治的統制の下に置かれたか、政治家が教育上の決定にどんな知識を持ち込むか、そして政治家による中央計画がなぜ原理的に欠陥を抱えるのかを論じる。序論は、イングランドの公立学校教育の問題が続いている証拠として、新版が政府統計とユネスコのデータを用いていることを挙げる。

第10章:民主的で教育的なカリキュラム(A Democratic and Educational Curriculum)

建設的な結論の章。第5章によれば、厳格な規定ではなくガイドラインとしてゆるやかに枠づけられたナショナル・カリキュラムが、民主的な社会において質を高めるより有効な道であると論じる。

主要概念

序論と第1〜4章:理論

  • 教育的カリキュラム:職業上・経済上の必要を超えて、本来の意味での教育をめざすカリキュラム。
  • 内容と成果としてのカリキュラム:伝達すべきものや、あらかじめ定めた目標・成果から出発する計画。
  • 過程と発達としてのカリキュラム:学習の過程と学習者の発達から出発する計画。

第5〜6章:開発、変化、評価

  • 普及のモデル:イノベーションを広める方法。Schön と Havelock のモデルを通じて比較される。
  • 学校を基盤とするカリキュラム開発:教師が自分の学校で主導し、外部からは指示ではなく支援を受ける変化。
  • 研究者としての教師:アクション・リサーチを通じて受け継がれた Stenhouse の伝統。教師が自らの実践を研究する。
  • アカウンタビリティ:学校が自らの仕事について説明責任を負うという要求。本書は教育を犠牲にせずにそれを満たすことを求める。

第7〜10章:政治と民主的な代替案

  • カリキュラムの政治化:法律、テスト、査察によって強制される、政府による教育内容の統制。
  • 中央計画:中央からのカリキュラムの規定。Kelly はこれが原理的に欠陥を抱えると論じる。
  • 民主的カリキュラム:ガイドラインとして枠づけられ、専門職の判断の余地を残し、民主的社会にふさわしいカリキュラム。

批判的分析

長所

  • 明確で一貫した議論。 序文が本書の五つのねらいをはっきり述べ、各章がそれを貫くので、読者は何がなぜ論じられているのかを常に把握できる。
  • 理論を実践と歴史に結びつける。 サンプル章は、スクールズ・カウンシルやフォード・ティーチング・プロジェクトといった実際のカリキュラム・プロジェクトの経験や変化のモデルを用いて、教師が中心だという主張を支えている。
  • 長い視野。 1977年から同じ本を改訂してきた著者によって書かれており、序論によれば政策論議からほとんど失われた、過程としてのカリキュラムや学校を基盤とする開発についての考え方を記録している。
  • 読みやすさ。 出版社が引用する読者のコメントは、その文章を簡潔で有益だが、ときに挑戦的だと評している。

短所

  • 立場を隠さない。 本書は立場を中立的に概観するのではなく、政治的統制に反対する主張を展開しており、政治家や Ofsted に対する語調は鋭い。学生は本書を一つの議論として読み、他の見解と照らし合わせるべきである。
  • 証拠と状況の古さ。 著者自身、新しいものがほとんど生まれていないため最近の版は以前の実験からの例に頼っていると認めており、政策の議論も2000年代後半(ニュー・レイバー政権と幼児教育の基礎段階)で止まっている。
  • イングランドとウェールズ中心。 他の制度への警告を意図しているとはいえ、詳細な分析はイングランドの政策に関するものである。

コースにおける位置づけ

Kelly は、このコースにおいて、誰がなぜカリキュラムを統制すべきかについての一貫した議論を担う本である。Wesley Null の Curriculum: From Theory to Practice は、カリキュラム思想を五つの伝統に整理する、より穏やかで公平な入門書である。先に Null を読むと、Kelly の立場を位置づける地図が得られる。Ornstein と Hunkins の Curriculum: Foundations, Principles, and Issues は基礎、設計、開発を幅広く概観しており、Kelly と並行して参照するのに役立つ。

Wiggins と McTighe の Understanding by Design のガイドは、望ましい結果と証拠から出発する実践的な計画の枠組みであり、Kelly の目標に基づく計画への批判と比べてみるのは有益な作業となる。さらに理論を深めるには、William Pinar の What Is Curriculum Theory? がリコンセプチュアリストの伝統からカリキュラムを「複雑な会話」として扱い、Flinders と Thornton 編の The Curriculum Studies Reader では分野の原典を読むことができる。

本書の使い方

Kelly はカリキュラムを学ぶ学生と、自らの仕事の理論的基盤を求める教師に向けて書いている。カリキュラム理論の事前の学習は前提とされていないが、教科書的な概観ではなく持続的な議論を予期して読むべきである。

推奨する読み方:

  • 序文と序論から始める。 本書のねらいと歴史が述べられている。
  • 中核となる理論: 内容、成果、過程、発達を扱う第3・4章は、どのカリキュラムの授業にとっても欠かせない。
  • 教師とカリキュラム担当者向け: 学校を基盤とする開発と教師による研究を主張する、開発と変化の第5章。
  • 政策・政治の授業向け: 第7〜9章、続いて Kelly の代替案である第10章。

批判的な目で読むこと。中央統制についての主張ごとに、どんな証拠が示されているか、全国的な基準を支持する人ならどう答えるかを問い、政策の例は自国の現在の情報で更新するとよい。バランスを取るために Null や Ornstein と Hunkins と組み合わせて読むこと。