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The Division of Labor in Society(社会分業論) cover

社会学

社会学

The Division of Labor in Society(社会分業論)

Émile Durkheim; W. D. Halls (translator); Steven Lukes (editor)

英語原題: The Division of Labor in Society

デュルケームの最初の主著で、職業の専門化が進む近代社会がどのように結び付きを保つのかを問います。共通の信念に基づく機械的連帯と、相互依存に基づく有機的連帯を区別し、その移行を法の変化を通して読み解きます。このフリー・プレス版はホールズ訳を改訂し、新しい序論を加えています。

前提知識: 正式な前提条件はありませんが、社会学入門を履修していると連帯、規範、社会的事実といった語彙が追いやすくなります。

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classical sociological theoryemile durkheimsocial solidaritydivision of laborprimary source

01 / 読書ガイド

読書ガイド

引用

Durkheim, É. (2014). The Division of Labor in Society (S. Lukes, Ed.; W. D. Halls, Trans.). Free Press. (Original work published 1893.) Free public-domain French text: https://fr.wikisource.org/wiki/De_la_division_du_travail_social

章の要約

背景と議論

デュルケームの博士論文である本書は、実証科学の方法によって道徳の科学を打ち立てることを目指す。1893年の序文によれば、出発点となった問いは、個人がどうして自律性を増すと同時に、社会への依存をいっそう深めることができるのか、というものである。デュルケームの答えは、分業の発達が社会を結びつける連帯の種類そのものを変える、というものだ。本書は三部からなる。分業の機能(第1編)、その原因と条件(第2編)、その異常形態(第3編)である。全体を通じて、法が連帯を目に見える形で測る指標として用いられる。

序文と序論

第2版(1902年)のために、デュルケームは長い序文「職業集団に関するいくつかの考察」を加えた。この序文は経済生活が法的・道徳的なアノミー状態にあると診断し、ローマの同業組合(コレギア)と中世のギルドを概観したうえで、経済生活に道徳的な規律を与える公的制度として職業集団を再建すべきだと論じる。また彼は、初版の序論から約30ページを削除した。序論そのものは、経済学者が進歩の法則とみなし、生物学者が有機体のなかにも見いだす分業に、道徳的価値があるのかを問う。

第1編第1章:この機能を決定するための方法

デュルケームは、生産性の向上は分業の主要な機能ではありえないと論じる。文明そのものは道徳的に中立だからである。友情と結婚を手がかりに、彼は差異もまた人々を結びつけうることを示唆する。こうした結びつきを測るため、法規範をその制裁によって分類する。抑止的制裁(刑法)は苦痛を科し、復原的制裁(民法、商法、訴訟法、行政法、憲法)は事態を正常な状態に戻す。

第1編第2章:機械的連帯、すなわち類似による連帯

犯罪は、「集合意識」、すなわち社会の平均的成員に共通する信念と感情の、強く明確な状態を傷つける行為として定義される。刑罰はこれらの共通感情を守る情念的な反応であり、デュルケームは刑罰の贖罪説と防衛説とを調停する。刑法が表す連帯は類似にもとづくもので、機械的連帯と呼ばれる。

第1編第3〜4章:有機的連帯/前述の議論の別の証明

復原的法は別種の結びつきに対応する。所有権法は「消極的」連帯を表すにすぎないが、家族法、契約法、商法、行政法は分業から生まれる協働を表す。この有機的連帯は、個人が自分自身の活動領域をもつことを必要とする。第4章はこの区別を歴史的に確かめる。社会が原始的であるほど成員は互いに似ており、法の多くが刑法である。

第1編第5〜6章:有機的連帯の漸進的優越とその帰結

犯罪の分類と時代間の比較を通じて、デュルケームは、集合意識が弱まるにつれて多くの犯罪類型が消滅し、社会の発展とともに機械的連帯がゆるんでいくと論じる。第6章は、それぞれの連帯を社会構造に結びつける。類似した氏族からなる「環節的」社会と、中枢器官のまわりに分化した器官が組織された社会である。章の最後では、ハーバート・スペンサーの個人主義の説明が退けられる。

第1編第7章:有機的連帯と契約的連帯

産業社会を自由な契約の集まりとみるスペンサーの像に対して、デュルケームは、契約と並んで契約によらない規制も増大すると論じる。家族法、契約法そのものに含まれる拘束的な規則、そして行政法と国家である。結びのまとめは第1編を要約する。社会生活には二つの源泉、すなわち類似と分業がある。

第2編第1章:分業の進歩と幸福の進歩

人々がより多くの幸福を求めるから専門化が進む、という経済学者の説明は退けられる。幸福には自然な限界があり、文明とともに幸福が増すという証拠はなく、文明社会で上昇する自殺率はむしろ逆を示しているからである。

第2編第2章:原因

ここで本書の中心的な因果法則が示される。分業は、社会の容積と、どれだけ多くの人々が活発に接触しているかを表す「動的密度」または「道徳的密度」とに正比例して変化する。デュルケームはダーウィンにならった議論を示す。密度の高い社会では生存競争が激しくなり、専門化によって競争者は共存できるようになる。

第2編第3〜4章:副次的要因

二つの要因がこの過程を容易にする。社会が大きくなるにつれ、伝統が権威を失い、大都市が集団的な監視をゆるめることによって、共同意識はより抽象的で不確定になる。遺伝もまた支配力を失い、受け継がれるものはより漠然として可塑的になる。

第2編第5章:前述の議論の帰結

文明は容積と密度の増大の必然的な帰結であって、専門化の動機ではない。また個人の心理は、その多くが集団の形態から派生する。

第3編:異常形態(第1〜3章)

アノミー的分業(第1章)は、商業恐慌、労働と資本の対立、科学の断片化にあらわれる。それは機能どうしの関係が規制されていないときに生じる。デュルケームは、専門化そのものが解体をもたらすというコントの見解を退ける。正常な状態の労働者は、自分の仕事がそれ自体を超えた目的に役立っていることを理解している。強制的分業(第2章)は、階級やカーストが人々の能力に反して機能を割り当てるときに生じる。連帯には分業が自発的であることが必要であり、それは外的条件の平等と公正な契約を前提とする。第3章は第三の形態として、機能が個人に十分な活動を与えないときの調整の不足を加える。

結論

「専門化せよ」という規則は、「他者に似よ」という古い規則と同じく道徳的であることが示される。どちらも連帯を確保するからである。デュルケームは、道徳は自由ではなく集団への依存にあると結論する。現在の不安はアノミーと不正義から生じており、その処方は古い伝統を復活させることではなく、新しい道徳を築くことだと彼は論じる。

主要概念

第1編

  • 機械的連帯と有機的連帯:共有された信念にもとづく凝集と、異なる機能のあいだの相互依存にもとづく凝集。
  • 集合意識:社会の平均的成員に共通する信念と感情の総体で、犯罪はこれを傷つける。
  • 抑止的法と復原的法:刑罰によって制裁される法規範と、乱された関係を回復させる法規範。デュルケームはその比率によって二つの連帯を測る。
  • 環節的構造と組織的構造:類似した単位が反復する社会と、分化し調整された器官からなる社会。

第2編

  • 容積と動的(道徳的)密度:社会の規模と成員間の接触の強さ。専門化の主要な原因である。
  • 共同意識の不確定化:共有された信念がしだいに抽象的になり、個人の差異に余地を残すこと。

第3編と結論

  • アノミー的分業:機能間の関係を規制する規則を欠いた専門化。
  • 強制的分業:不平等な条件によって押しつけられ、連帯ではなく対立を生む専門化。
  • 連帯としての道徳:個人を他者と社会に結びつけるものはすべて道徳的である、というデュルケームの結論。

批判的分析

長所

  • 明快で検証可能な構成。 本書は問いを立て、それを機能・原因・異常形態に分け、各段階を明示的な要約で締めくくる。
  • 客観的な指標。 法的制裁の種類を連帯の測定可能なしるしとして用いることが本書の方法論の核であり、道徳の問題を経験的な問題に変えようとするデュルケームの試みをよく示している。
  • 論敵との持続的な対決。 スペンサー、古典派経済学者、コントが詳しく批判される。
  • 今も使われる概念。 集合意識、アノミー、二つの連帯の対比は社会学の基本語彙となった。1902年の職業集団に関する序文は、具体的な制度構想を示している。

短所

  • 法という指標のもろさ。 初期の法がおもに刑法であったという主張は、1880年代の選ばれた歴史資料と民族誌資料に依拠している。
  • 時代遅れの進化論的枠組み。 生物学的類推、「下等」社会と「高等」社会の序列づけ、遺伝と人種を扱う章は19世紀の科学を反映しており、批判的に読む必要がある。
  • 異常形態の扱いの薄さ。 第3編は第1・2編に比べて短く、アノミーと不平等への処方も概略にとどまる。1902年の序文がその欠落の一部を補っている。

コースにおける位置づけ

本書はこのコースの二つの一次資料のひとつで、もうひとつはウェーバーの The Protestant Ethic and the "Spirit" of Capitalism and Other Writings である。両者を読むと、対照的な二つの創始的アプローチが見えてくる。デュルケームは近代社会を社会構造と法によって説明し、ウェーバーは近代資本主義の精神を宗教的観念によって説明する。テキストに入る前や並行して読むものとしては、イアン・クレイブの Classical Social Theory と、アランとデインズの Explorations in Classical Sociological Theory が創始者たちへの入門書である。編集されたリーダー Classical Sociological Theory は、デュルケームの抜粋をマルクスやウェーバーらと並べて収録している。本書を読んだ後には、ギデンズの Capitalism and Modern Social Theory がマルクス、デュルケーム、ウェーバーを資本主義と産業社会への移行について比較し、ニスベットの The Sociological Tradition が共同体や権威といった観念をこれらの思想家にわたって追跡している。

本書の使い方

専門的な予備知識は必要ないが、議論は長く、法と民族誌の細部が詰まっている。実際的な順序は次のとおりである。1893年の序文と序論、主要概念を定義する第1編第1〜3章の全文、第7章末尾のまとめ、第2編第2章、第3編、そして結論。第1編第4〜6章と第2編第3〜5章は、最初に読むときは結論部分を拾い読みすればよい。第2版の序文は、アノミーの考え方になじんでから最後に読むとよい。二列の表(機械的/有機的)をつくり、それぞれにデュルケームが割り当てる法、構造、道徳を書き留めておくと整理しやすい。

版と出典

本導読はホールズ訳ではなく、パブリックドメインのフランス語原文に基づく。すなわち、フランス語版ウィキソースにある1893年初版(フェリックス・アルカン社)と、インターネット・アーカイブがデジタル化した1922年アルカン社刊本(識別子 deladivisiondu00durk)所収の第2版序文である。1893年の序文、序論の冒頭と結び、全章の各節の冒頭、各章の結びの数ページ、結論の主要な箇所を読み、1902年の序文については冒頭と歴史を扱う部分を読んだ。上記の章題はフランス語から訳したもので、ホールズ=ルークス版では表現が異なる場合がある。同版の序論は読んでいない。