01 / 読書ガイド
読書ガイド
引用
Harrison, F. V. (Ed.). (1997). Decolonizing Anthropology: Moving Further toward an Anthropology for Liberation (2nd ed.). Association of Black Anthropologists, American Anthropological Association. (First edition 1991.)
章の要約
背景と論旨
本書は約200頁の論集で、黒人人類学者協会がアメリカ人類学会とともに刊行したもの、1991年の初版に続く第二版である。寄稿者たちは、人類の多様性と共通性を理解することを目的とする学問である人類学の「批判的再構築」を主張し、人類学的知識が何のために用いられるべきかを問う。出版社の紹介によれば、編者の結びの願いは、民族誌のデータ、社会的・文化的分析、理論、そして知識を応用する戦略が、学者たちを異文化間・国際的な連帯と「世界の変革」へと向かわせる助けになることである。
内容は、序文、前書き、編者による序論、九つの論文、後書きである。論文は、この学問分野の植民地的・人種的な前提への批判と、フィールドワーク、倫理、方法についての議論を結びつけ、ニカラグア、パプアニューギニア、カーディフ、ジャマイカなどの地の事例資料を扱う。論集は、人類学におけるポストモダンと再帰的な転回、また政治経済学的アプローチと取り組んでいる。
序文(ヨランダ・T・モーゼス)と前書き(キンバリー・アイソン・シモンズ)
序文と前書きは、編者自身の序論の前に、本書とその目的を紹介する。
変革の担い手としての人類学:序論的コメントと問い(フェイ・V・ハリソン)
編者の序論は論集の枠組みを示す。この学問分野が植民地的・帝国的な思惑に巻き込まれてきたことを検討し、社会正義に身を捧げる人類学を主張する。
人間と自然、白人とその他(マイケル・L・ブレイキー)
ブレイキーは、自然と「人間」についての西洋の観念が、人種的階層秩序をどう支え、非ヨーロッパの人々の征服を正当化するのにどう使われてきたかを検討する。
植民地化された人類学:カーゴ・カルトの言説(ペム・デイヴィッドソン・バック)
バックは人類学における「カーゴ・カルト」の言説を検討し、それが植民地化された人々を非合理的なものとしてどう描いてきたかを示し、彼らの主体性を認めるアプローチを求める。
間テクスト的状況における民族誌について:語りを読むか、言説を脱構築するか?(グレン・H・ジョーダン)
ジョーダンは、ある場所と共同体を取り巻く数多くの語りを民族誌家がどう扱うかを問い、書くことにおける権力関係に注意を払う再帰的なアプローチを主張する。
フィールドワークを解きほぐす:個人的、政治的、理論的、方法論的含意(デボラ・ダミコ=サミュエルズ)
この章は、個人的・政治的な次元をもつ実践としてのフィールドワークを省察し、研究者の位置に照らして方法を考え直す必要があると論じる。
政治としての民族誌(フェイ・V・ハリソン)
ハリソンは、民族誌は政治的な行為であると主張し、自分の仕事を正義のための闘争に関わらせたい人類学者が負う責任を論じる。
民族誌の倫理に向き合う:中央アメリカでのフィールドワークからの教訓(フィリップ・ブルゴワ)
ブルゴワは、中央アメリカでのフィールドワークをもとに、政治的に緊張した状況での研究の倫理的問題と、研究者と研究対象者との関係を論じる。
「彼らは私たちを搾取したが、私たちはそれを感じなかった」:ヘゲモニー、民族的戦闘性、ミスキート=サンディニスタ紛争(チャールズ・R・ヘイル)
ヘイルは、ニカラグアにおけるミスキート人とサンディニスタ政府の紛争を分析し、ヘゲモニーの概念を用いて、民族的戦闘性がどのように生じたかを説明する。
人類学と解放(エドモンド・T・ゴードン)
ゴードンは、人類学が解放運動とどのように関わりうるかを論じ、抑圧された共同体の目標に沿った実践を主張する。
カーゴ・カルトとしての軍国主義と蓄積(アンジェリア・ギリアム)
ギリアムは「カーゴ・カルト」の考えを、それを用いる社会に向け返し、軍国主義と蓄積をそれ自体の一種のカルトとして扱い、資本主義とイデオロギーに結びつける。
後書き(デルモス・J・ジョーンズ)
後書きは、本書の主要な主題をまとめて締めくくる。
主要概念
批判の基礎
- 脱植民地化された人類学:自らの植民地的な歴史と、概念に含まれる人種的な前提に向き合う学問。
- 解放のための人類学:抑圧された人々の闘争に沿った研究と実践。
- カーゴ・カルトの言説:植民地化された人々を非合理的なものとして記述する仕方で、二つの章がこれを検討する。
方法と倫理
- 再帰性と位置性:研究者自身の位置も分析されるべき一部であること。
- 間テクスト性:フィールドがすでにテクストと語りに満ちていること。
- 政治としての民族誌:倫理的な帰結をもつ政治的行為としての民族誌的作業。
- ヘゲモニー:支配がどう維持され、民族的戦闘性がそれにどう応じるかを説明するための概念。
批判的分析
長所
- 共通の目的をもつ論集。 論文は、より批判的で社会に関与する学問を目指すという目標で結ばれており、本書は複数の角度からの一つの議論として読める。
- 批判に加えて方法と倫理。 フィールドワーク、間テクスト性、研究倫理についての章は、この学問の過去への批判と同じだけの紙幅を実践上の問いに与えている。
- 学界での好意的な受け止め。 出版社の紹介には、『アメリカン・エスノロジスト』誌(A. Lynn Bolles、1994年)の書評が、新しい文化人類学の利点と限界についての待望の分析と呼んだものとして引用されている。
短所
- ある面では時代を感じさせる。 本書は1991年と1997年のもので、ポストモダンや再帰的人類学といった当時の論争に取り組んでいるため、脱植民地化に関するより新しい文献はここには見られない。
- 論集のばらつき。 各章は主題、地域、方法が異なっており、つながりは読者が補う必要がある。
- 特定の事例研究。 いくつかの論文は特定の場所や紛争に関するもので、それらになじみのない読者には背景の読書が必要かもしれない。
コースにおける位置づけ
ポストコロニアルとデコロニアルの思想を扱うこのコースで、本書は上級の、特定分野に即した論集であり、近年の文献の大半に先立つ。ファノンの『黒い皮膚・白い仮面』とヤングの『ポストコロニアリズム:ごく短い入門』はより広い背景を与え、スミスの『脱植民地化の方法論』は、研究倫理と方法の議論を先住民族へ拡張している。バンブラとホルムウッドの『植民地主義と近代社会理論』とバンブラの『近代性の再考』は社会学について、アデビシの『脱植民地化と法的知識』は法について、並行する議論を行っている。併せて読むと、諸学問における脱植民地化の努力が見え、本書はその人類学における早い例となる。
本書の使い方
本書は、人類学、社会学、関連分野の大学院生と上級学部生向けであり、人類学史にある程度なじんでいると助けになる。まず序論を読み、次に学問分野の前提を扱う論文(ブレイキー、バック)、その後に方法と倫理の論文(ジョーダン、ダミコ=サミュエルズ、ハリソン、ブルゴワ)、さらに事例研究と応用的な論文(ヘイル、ゴードン、ギリアム)を読む。後書きは短い締めくくりである。
各論文について、それが指摘する問題、用いる証拠、人類学の実践に提案する変化を書き留めておくとよい。その提案をスミスの『脱植民地化の方法論』のものと比べる。引用する際は版を確認すること。初版は1991年、第二版は1997年に出た。
