01 / 読書ガイド
読書ガイド
引用
Thakkar, A. J. (2021). Quantum Chemistry: A Concise Introduction for Students of Physics, Chemistry, Biochemistry and Materials Science (3rd ed.). IOP Publishing.
章の要約
本書は短い本である。小売店の情報では約165〜172ページで、11章と六つの付録からなり、その前に「学生への覚え書き(A note to the student)」、序文、著者紹介が置かれている。出版社は本書を、学部2〜3年生向けの教科書であると同時に、研究者が手早く入門・復習するための参考書として紹介し、事実の列挙や手順の詳細よりも考え方の説明に重点を置いていると述べている。第3版で章の数は10から11に増えた。出版社は、時間に依存するシュレーディンガー方程式、電子相関を取り込んだ波動関数法、密度汎関数理論(DFT)に関する新しい内容、問題の追加、計算量子化学への入門、学習資料の一覧を挙げている。以下で第2版(2017年)から引用する節見出しは当時の各章の内容を示すものであり、第3版の節構成は異なる可能性がある。
第1章:分子の対称性
本書は量子力学ではなく対称性から始まる。第2版のこの章は、対称操作と対称要素、分子の対称性の分類、対称性から導かれる帰結を扱っていた。出版社は最初の2章を本書の要石と呼んでいる。
第2章:量子力学の基礎
公理を扱う章である。第2版では、系の状態を表す波動関数、観測量を表す演算子、シュレーディンガー方程式、測定値と平均値を取り上げていた。時間に依存するシュレーディンガー方程式は、出版社が第3版の新しい内容として挙げているものの一つである。
第3〜5章:並進と振動、対称性と縮退、回転運動
出版社の言葉では分子分光学と統計熱力学の基礎となる単純なモデルを扱う3章で、全体を通して対称性が織り込まれている。第2版では、一次元の針金上の粒子と調和振動子、長方形の板の中の粒子・対称性が縮退をもたらすこと・波動関数の対称性、そして環の上の粒子・球面上の粒子・剛体回転子を扱っていた。
第6章:電子の運動:水素原子
水素原子の電子構造を扱う。第2版では、ボルン–オッペンハイマー近似と電子ハミルトニアンから始め、水素原子と水素様イオンを解いていた。
第7章:分子の原型:水素分子イオン
最も単純な分子を扱う。第2版ではこれを用いて、LCAOモデルとポテンシャルエネルギー曲線、変分法、力の定数と解離エネルギー、励起状態を導入していた。
第8章:多電子系の平均場モデル
一電子の原型を学んだ読者は、多電子の原子と分子を扱うための考え方に進む。第2版で「多電子系」と題されていたこの章は、ヘリウム原子から始まり、スピンとパウリの公理、電子密度、ハートリー–フォック・モデルを経て、原子、二原子分子、コーン–シャム・モデルへと進んでいた。
第9章:ヒュッケル・モデル
共役炭化水素のための定性的な分子軌道理論である。第2版では、クムレン、アヌレン、その他の平面共役炭化水素、電荷・結合次数・反応性を扱い、ヒュッケル・モデルが定量的でない理由を述べる節で締めくくっていた。
第10章:電子相関の扱い
第3版で新設された章で、電子相関を取り込んだ波動関数法とDFTに関する新しい内容という出版社の説明に対応する。節レベルの内容は公開されていない。
第11章:計算量子化学
出版社は最後の部分を、計算手法への入門であり、量子化学ソフトウェアで意味のある電子構造計算を行うために必要な技術的選択の「最小限」を説明するものだと述べている。第2版の対応する章は、実際の計算、ポスト・ハートリー–フォック法、コーン–シャムDFT計算、基底関数の選び方を扱っていた。
付録A〜F
時間に依存しないポテンシャルをもつ系、摂動論、行列形式のハートリー–フォック方程式の解き方、参照資料、問題のヒントと解答、学習と探究のための資料。
主要概念
第1〜2章:対称性と公理
- 対称操作と点群:分子を変えずに保つ操作と、それによる分子の分類。本書全体を通して用いられる。
- 波動関数と演算子:系の状態と、観測可能な量を表す演算子。
- シュレーディンガー方程式:その解が許される状態とエネルギーを与える方程式。
第3〜5章:モデル系
- 箱の中の粒子、調和振動子、剛体回転子:並進・振動・回転のエネルギー準位の背後にある単純なモデル。
- 縮退:異なる状態が等しいエネルギーをもつこと。本書はこれを対称性と直接結びつける。
第6〜9章:原子、分子、軌道
- ボルン–オッペンハイマー近似:電子の運動を原子核の運動から分離する近似で、ポテンシャルエネルギー曲線を可能にする。
- LCAOと変分法:原子軌道から分子軌道を組み立て、エネルギーを最小化して最適化する方法。
- ハートリー–フォック(平均場)モデル:各電子が他の電子の平均的な場の中を動くとみなす扱い。
- ヒュッケル・モデル:共役π電子系のための単純で定性的な分子軌道法。
第10〜11章:平均場を超えて、そして計算へ
- 電子相関:平均場モデルが取りこぼすもの。相関を取り込んだ波動関数法とDFTで扱われる。
- 基底関数と手法の選択:標準的なソフトウェアで意味のある計算を行うために必要な技術的選択。
批判的分析
長所
- 短く、考え方に集中している。 200ページに満たないため、講義の代わりではなく講義と並行して読むことができる。出版社が述べる重点は、分光測定や電子構造計算ソフトウェアの「初心者ユーザー」のための概念であり、手順の詳細ではない。
- 対称性から始める。 分子の対称性から出発し、第4章でそれを縮退や波動関数の対称性と結びつけることで、化学者は縮退したエネルギー準位から分子軌道まで、後の章で使い続ける枠組みを得る。
- 実践につながる。 最後の章は実際に量子化学プログラムを動かす人を対象としており、アルゴリズムではなく手法と基底関数の選択を説明する。新設の資料付録は、さらに先の印刷物やオンライン資料を案内している。
- 自習を支える。 付録Eには問題のヒントと解答があり、第3版で問題が増やされた。
短所
- 簡潔さは取捨選択を意味する。 各章は短く(第1版と第2版では各章が約7〜14ページ)、導出や例題は限られる。数学的な展開を一通り必要とする学生には、より長い教科書が必要である。
- 分光法そのものはほとんど扱わない。 分光学の基礎となるモデルは扱われ、摂動論は付録に回されているが、目次には分光測定の手法や選択則の章がない。分光学の教科書の代わりにはならない。
- 公刊された書評が見つからない。 第3版の独立した書評は見つからなかったため、本書の方針については出版社の説明が主な根拠となる。
コースにおける位置づけ
このコースの中でThakkarは、簡潔な概念的入門書の役割を担う。EngelとReidの Physical Chemistry: Quantum Chemistry and Spectroscopy は同じ主題を分光学まで詳しく扱う本格的な物理化学の教科書であり、McQuarrieの Quantum Chemistry は導出を求める学生のための、より長く数学的に詳しい解説である。Thakkarはどちらかの前に分野の見取り図として読むことも、それらと並行して考え方の短いまとめとして読むこともできる。
Frank Jensenの Introduction to Computational Chemistry は、Thakkarの最後の2章が導入する手法を大学院レベルで説明する本で、実際に計算を行う人にとって自然な次の一歩である。Paviaらの Introduction to Spectroscopy とSilversteinらの Spectrometric Identification of Organic Compounds は、構造決定のためにスペクトルを解釈する実践的な教科書である。これらは分光法の量子論的な基礎を説明するのではなく分光法を使う本なので、重複するというよりThakkarの第3〜5章と組み合わさる関係にある。
本書の使い方
本書は化学、生化学、材料科学、物理学の学部2〜3年生や、分光法や電子構造計算ソフトウェアを使っていて背後にある概念を知りたい研究者に向いている。微積分と、ベクトルや行列にある程度慣れていることを前提とする。付録Dには参照資料がまとめられている。
実際的な読み方:
- 中核: 第1〜2章、次にモデル系を扱うひとまとまりとして第3〜5章、続いて原子・水素分子イオン・平均場モデルを扱う第6〜8章。これらの章が本書の議論の骨格であり、第1章の対称性が随所に戻ってくるので、順番に読むべきである。
- 有機化学と定性的な結合論: 主にπ軌道による推論を必要とする学生は、ヒュッケル・モデルの第9章。
- 計算に向けて: 計算を行う人は第10〜11章を読み、その後Jensenやソフトウェアの文書に進む。付録Cは行列形式のハートリー–フォック方程式の解き方を示す。
- 補助資料: 時間に依存しないポテンシャルと摂動論を扱う付録AとBは、それらを使う講義を受ける学生向け。
付録Eのヒントと解答を見る前に、まず問題に取り組むこと。本書は簡潔なので、導出のためにより長い教科書を手元に置き、さらに探究するには付録Fに挙げられた資料を使うとよい。
