01 / 読書ガイド
読書ガイド
引用
Wittrup, K. D., Tidor, B., Hackel, B. J., & Sarkar, C. A. (2020). Quantitative Fundamentals of Molecular and Cellular Bioengineering. MIT Press.
章の要約
全9章、本文は約570ページ。出版社は、化学工学者と生物工学者のための著作で、生体分子と細胞の現象の動的モデルを展開すると紹介している。生物学的機能の背後にある分子・細胞レベルの出来事を述べ、それを研究するモデルを組み立て、モデルが実験の設計と解釈にどう使われるかを例で示す。内容は最小のスケールから細胞のスケールへ進み、複雑さを段階的に加え、機構に関する仮説の実験的検証に重点を置く。ほとんどの章に、発表済みの研究論文に基づくケーススタディ、参考文献の案内、問題が含まれる。
第1章:Introduction to Biological Rate Processes(生物学的速度過程への導入)
冒頭の章(約27ページ)は、速度過程モデルの動機を述べる。生物学的速度過程とは何か、なぜモデルを作る価値があるか、機構的モデルをどう定式化するか、どう検証するか。検証の節では、実験との整合性、代替モデルとの比較、予測と反証可能性、パラメータ感度解析が挙げられる。章の終わりでは、定常状態と平衡、摂動、速度の形式、特性時間と特性長さといった基本テーマを扱う。
第2章:Noncovalent Binding Interactions(非共有結合性の相互作用)
長い章(約80ページ)で、動力学的な速度定数、熱力学(状態関数、自由エネルギーと標準状態)、結合親和性へのエネルギー的寄与(静電相互作用、水素結合、ファンデルワールス相互作用、疎水効果、変形エネルギーとエントロピー)を扱う。続いてタンパク質の結合界面と熱力学的サイクル解析、結合速度への環境の影響(アレニウスの関係、遷移状態理論、静電効果)、光と物質の相互作用による測定、蛍光の応用の節がある。ケーススタディが4件含まれる。
第3章:Binding Equilibria and Kinetics(結合平衡と速度論)
第7章に次いで長い章(約100ページ)。1価の結合等温線と結合速度論から始まり、複数の結合部位(独立な部位、協同性、アビディティと有効濃度、細胞表面での2価結合)へ進む。後半の節は結合の測定法(緩和速度論、バイオセンサー、マイクロプレート免疫測定、マイクロ流体測定、透析、光学分光、等温滴定カロリメトリー)を扱い、モデルのデータへの当てはめ(非線形最小二乗法、当てはめたパラメータの信頼区間、大域的当てはめ)で終わる。
第4章:Enzyme Kinetics(酵素反応速度論)
触媒としての酵素とその速度式(ミカエリス・メンテン式、2基質反応速度論、基質阻害、協同的酵素、pHと温度の効果)に続き、薬理学的阻害剤や強結合阻害剤を含む可逆的阻害を扱う。後半の節は、速度論をシグナル伝達経路(チロシンキナーゼ、Gタンパク質とGタンパク質共役型受容体)、代謝(フラックス制御係数、制約に基づくモデル)、加水分解性の調節酵素(カスパーゼ、血液凝固カスケード、細胞外メタロプロテアーゼ)に適用する。
第5章:Gene Expression and Protein Trafficking(遺伝子発現とタンパク質輸送)
合成、分解、成長を扱い、生合成の純粋な遅れを含む。続いてタンパク質選別の区画モデルを扱い、受容体・リガンドの輸送と小胞輸送に及ぶ。
第6章:Network Dynamics(ネットワークの動力学)
まず非線形動力学、次にスイッチと閾値(ホモ多量体化・分子滴定・ゼロ次効果による超感度、双安定スイッチ)、適応(負のフィードバック、非干渉フィードフォワード、その他のトポロジー)、振動を扱い、細胞周期と概日リズムを例とする。
第7章:Population Growth and Death Models(集団の成長と死のモデル)
最も長い章(約100ページ)。典型的な成長曲線から始まり、細胞培養の成長の制約、バイオリアクター(モノー式ケモスタットと流加培養槽)、細胞と個体の死、区画的な成長モデルへと進む。区画的な成長モデルには、細胞周期モデル、生体内の細胞集団、流行と感染、混合集団が含まれる。
第8章:Coupled Transport and Reaction(輸送と反応の連成)
輸送が結合に及ぼす影響、2段階結合、スモルコフスキーの拡散限界と表面を扱い、続いて組織浸透のスケーリング解析、区画モデル(物質移動係数と薬物動態モデル)、高分子クラウディングを扱う。
第9章:Discrete Stochastic Processes(離散的な確率過程)
ポアソン統計、確率的シミュレーション(ギルスピー法とその近似)、確率的な遺伝子発現、ファージ感染の確率性、拡散とランダムウォーク、組合せバイオインフォマティクスを扱う。
主要概念
第1–3章:速度過程と結合
- 機構的モデルの構築と検証:想定した機構からモデルを作り、検証すること。
- 結合親和性、熱力学、速度論:非共有結合の平衡と速度の記述。
- 協同性とアビディティ:複数の結合部位の振る舞い。
- 非線形最小二乗法:信頼区間付きでモデルをデータに当てはめること。
第4–6章:酵素、発現、ネットワーク
- ミカエリス・メンテンの速度式:酵素反応の基本的な速度式。
- 区画モデル:タンパク質の選別と輸送を連結した区画として扱う。
- 超感度、双安定性、適応、振動:ネットワークの動力学で解析される挙動。
第7–9章:集団、輸送、確率性
- 成長曲線とケモスタット:集団の成長とバイオリアクターのモデル。
- 輸送と反応の連成:輸送が結合に及ぼす影響、スケーリング解析、クラウディング。
- ギルスピー・シミュレーション:厳密な確率的シミュレーションと近似法。
批判的分析
長所
- 明快なモデル化の筋道。 第1章で機構的モデルの定式化と検証の方法を示し、後の章は結合、酵素、ネットワーク、集団、輸送、確率的事象のそれぞれでこの過程に立ち返る。
- 文献に基づくケーススタディ。 第2〜9章には発表済みの論文に基づくケーススタディがあり、ルリア・デルブリュックの細菌の突然変異の研究(1943年)から、配列の共変動から変異の効果を予測する2017年の研究までを含み、モデルを実験と結びつけている。
- 実践的な測定と当てはめ。 第3章は結合の測定法と、信頼区間つきでモデルをデータに当てはめる節を含み、データ解析を主題の一部として扱っている。
- 幅広さ。 9章が、分子、シグナルのネットワーク、集団、輸送、確率過程を一つの枠組みで扱い、各章の末尾に問題と参考文献の案内がある。
短所
- 範囲は選択的。 内容は結合、酵素反応速度論、発現と輸送、ネットワークの動力学、成長、輸送、確率過程であり、生物工学の概説ではなく、たとえば生体材料や医療機器の章はない。
- 分量が多く密度が高い。 約570ページで、結合の章(第3章)と成長の章(第7章)が特に長く、1学期の授業では取捨選択が必要になる。
- 背景知識が必要。 出版社は化学工学・生物工学の上級学部生・大学院の授業を想定しており、読者には定量的な素養と一定の分子生物学の知識が要る。
コースにおける位置づけ
このコースの書目の中で、本書は分子・細胞の過程の定量的な扱いである。Ann Saterbak、Ka-Yiu San、Larry McIntire の Bioengineering Fundamentals は保存則を軸にした最初のコース、Saltzman の Biomedical Engineering: Bridging Medicine and Technology は生物学から分野を組み上げる本、Ritter らの Biomedical Engineering Principles は定量的分析と設計を重視する入門書、Enderle の Introduction to Biomedical Engineering は幅広い概説である。Hobbie と Roth の Intermediate Physics for Medicine and Biology は物理学を生理学と医学に応用する。
入門書の一冊を読み、微分方程式と分子細胞生物学を学んだ後に Wittrup らの本を読むとよい。Hobbie と Roth とは補完的で、あちらは物理を軸に、こちらは分子・細胞のモデルを軸に構成されている。
本書の使い方
本書は化学工学・生物工学の上級の学部生と大学院生に向き、著者らがMITとミネソタ大学で教える授業のために作られた。微積分、微分方程式、入門的な生物学と化学が適切な準備となる。
実践的な計画:
- 中核: 第1〜4章。速度過程、結合、酵素反応速度論の基礎を築く。
- 次に: 第5章(遺伝子発現と輸送)と第6章(ネットワークの動力学)で、細胞レベルの挙動を学ぶ。
- 関心に応じて: バイオプロセスや集団の研究には第7章(成長)、薬物送達や組織浸透には第8章(輸送と反応の連成)、一細胞のばらつきには第9章(確率過程)。
ケーススタディは可能なら原論文と並べて読み、各章の後で問題を解く。手法が使えるようになるのは、問題と非線形最小二乗法の節においてである。
