01 / 読書ガイド
読書ガイド
引用
Atkins, P. (2014). Physical Chemistry: A Very Short Introduction. Oxford University Press. Very Short Introductions.
章の要約
約120ページの短い本で、序文、7つの章、周期表を収めた付録からなる。オックスフォード大学出版局の紹介文は、物理化学が物理学、数学、量子力学、熱力学、統計熱力学に基礎を置くため化学のなかで最も手ごわい分野と見なされがちであることを認め、本書をその中心的な概念と化学のほかの分野との関係についての、専門的でない解説として示している。各章は意図された道筋をたどる。原子の内部から(第1章)、外から見たバルクの物質へ(第2章)、両者をつなぐ統計的な橋へ(第3章)と進み、続いて物質の状態、状態の変化、化学反応、そして物質を調べるための手法を扱う。
第1章:内側から見た物質(Matter from the inside)
原子の電子構造とその背後にある量子力学である。s、p、d、f 軌道というシュレーディンガーのモデル、パウリの排他原理、周期表の構造を扱う。続いて原子半径、イオン化エネルギー、電子親和力、イオン結合と共有結合、そして結合についての2つの量子力学的な説明、すなわち原子価結合理論と分子軌道理論を扱う。
第2章:外側から見た物質(Matter from the outside)
エネルギーとその変換の科学としての熱力学である。第零法則と温度、第一法則とエネルギー保存、第二法則とエントロピー(エネルギーの「質」の尺度として示される)、第三法則と絶対零度を扱い、そのあとにエンタルピーとギブズエネルギー、そして熱力学の法則が測定可能な性質どうしをどう結びつけるかが続く。
第3章:物質の橋渡し(Bridging matter)
分子のふるまいとバルクの性質を結びつける統計熱力学である。鍵となる考え方はボルツマン分布で、安定性と反応性、平衡に達した反応混合物の組成、ル・シャトリエの原理を理解するのに用いられる。
第4章:物質の状態(States of matter)
気体、液体、固体と、それらを記述するためのモデルである。実在気体についてのファン・デル・ワールスの状態方程式、粘性、液体中の分子運動を調べる中性子散乱と NMR、固体の X 線回折を扱い、最後に超臨界流体、液晶などのソフトマター、グラフェンといった中間的な状態を取り上げる。
第5章:物質の状態を変える(Changing the state of matter)
凍結、沸騰、溶解、混合を、すべて化学ポテンシャルによって表す。温度と圧力が相転移に及ぼす影響、ギブズの相律、混合物・鉱物・合金の状態図、浸透、固体どうしの相転移を扱う。
第6章:物質の正体を変える(Changing the identity of matter)
物理化学の側から見た化学反応である。自発性、反応商と平衡定数、速度式、反応機構と律速段階、活性化エネルギーと触媒作用を扱い、光によって進む反応としての光化学、電気によって進む反応としての電気化学、反応の途中で何が起きているかを研究する化学動力学にも触れる。
第7章:物質を調べる(Investigating matter)
物理化学が物質を同定し、その構造を決定する方法であり、レーザーとコンピュータが古典的な方法を洗練させてきた。吸収分光法、NMR、質量分析、光電子分光法、走査型トンネル顕微鏡を扱う。
主要概念
第1〜3章:内側、外側、その橋渡し
- 原子軌道とパウリの原理:周期表を説明する、電子の量子力学的な記述。
- 熱力学の法則:温度、エネルギー保存、エントロピー、絶対零度を定める4つの法則。
- ギブズエネルギー:自発的な変化の向きを決める性質。
- ボルツマン分布:ある温度における分子のエネルギー準位の占有のされ方であり、分子のふるまいとバルクのふるまいを結びつける。
第4〜5章:状態と状態の変化
- ファン・デル・ワールスの状態方程式:実在気体の性質の多くをとらえるモデル。
- 化学ポテンシャル:あらゆる状態変化とその平衡を表すことのできる量。
- 相律と状態図:相どうしの平衡についてのギブズの規則と、どの条件でどの相が安定かを示す図。
第6〜7章:反応と調査
- 速度式と律速段階:反応速度が濃度にどう依存するか、そして反応機構を支配する最も遅い段階。
- 活性化エネルギーと触媒作用:反応のエネルギー障壁と、触媒によるその低下。
- 分光法:放射を用いて物質を同定し、その構造を決定すること。
批判的分析
長所
- 明快な構成。 第1〜3章の「内側・外側・橋渡し」という流れは、量子力学、熱力学、統計熱力学をばらばらの科目として示すのではなく、それらがどう組み合わさるかを示している。
- 狭い紙幅で全体を網羅。 約120ページで、量子論、熱力学、統計熱力学、相平衡、反応速度論、分光法という物理化学の授業の主要な分野すべてに触れている。
- 現在の研究とのつながり。 出版社の紹介文と物質の状態の章は計算化学、スマート材料、グラフェンに言及しており、この分野が完成したものではなく活発に動いているものとして描かれる。
- 経験豊かな案内役。 Atkins はこのコースのリストにある包括的な教科書 Physical Chemistry の著者の一人でもあり、この短い本は同じ分野の地図をはるかにやさしいレベルで予告するものになっている。
短所
- 意図的に非専門的。 本書がめざすのは計算ではなく洞察であり、物理化学の試験で求められる導出や問題解決は教えてくれない。
- 非常に凝縮されている。 分野の主要な領域はそれぞれ13〜21ページほどの1章しか与えられていないため、電気化学や光化学のような話題は、より広い章のなかで短く触れられるだけである。
コースにおける位置づけ
本書はリストにある物理化学のコースへの最もやさしい入口であり、授業の前か授業のごく初めに読むのがよい。自然な次の一歩は Monk の Physical Chemistry: Understanding our Chemical World で、各原理を日常的な場面から導入し、数学を丁寧に支える1年生向けの教科書である。Chang の Physical Chemistry for the Chemical and Biological Sciences は、化学と生物学の両方にまたがって学ぶ学生のための、熱力学、反応速度論、量子論の概念を扱う取り組みやすい本格的な教科書である。
Atkins、de Paula、Keeler の Physical Chemistry は包括的で数学的に展開された教科書であり、本書は事実上その概観にあたる。McQuarrie と Simon の Molecular Thermodynamics は、第3章が素描する分子とバルクの物質との統計的なつながりを本格的に展開する。それらの本を手ごわいと感じる学生は、ここで対応する章に戻って全体像を取り戻すことができる。
本書の使い方
本書は、大学で初めての物理化学の授業を控えている学生や授業に苦戦している学生、物理化学を補助的な科目として学ぶ生物学・材料科学・地球科学の学生、そして学校で化学を学んだ一般読者に向いている。出版社は本書を非専門的なものと説明しており、学校で学ぶ化学の知識があれば十分である。
実際的な計画は次のとおりである。
- 授業の前に: 第1〜3章を順に読む。本書の残りと授業全体を支える枠組み(原子、熱力学、ボルツマンの橋渡し)が得られる。
- 授業と並行して: 授業が気体、状態図、溶液に進んだら第4〜5章を、反応速度論と平衡では第6章を、分光法を学ぶときには第7章を読む。
- 行き詰まったとき: 本格的な教科書の導出や問題に戻る前に、該当する章を概念の要約として使う。
本書は教科書の代わりにはならない。演習には Monk や Chang を、のちに深めるためには Atkins、de Paula、Keeler を組み合わせるとよい。
